上杉さんの著作、「ジャーナリズム崩壊」を読ませていただいた。
あなたの著作には、わが国の重要部分における深刻な課題についての提言があり、枝葉はともかく、大きな眼で見た場合、総体として非常に優れていると感じた。
ご自身でも、文中でほのめかされているように、確かに荒削りだ。容易に指摘できる小さな表現上の矛盾もある。だがそうしたことを取り上げて言い募るのは、拙ブログの主旨ではない。要するに、一貫して底流する問題の本質..すなわち、日本人の集団についての考察は、一部でありながら、まさにわれわれがこんにち直面する問題のほとんどでもある。
これを抽出する作業は、一見、軽薄に映り、容易そうでありながら、けしてそうではない。
日本人集団の意向に逆らって、「空気」を敵に回さなければならないからだ。
その点において、あなたが、群小でないことを、小生は知ることができた
さて、小生が見た、あなたの著作の上における課題である。
小生が理解できたのは、あなたの提言が、記者を批判しているように見えながら、じつは日本のメディアの在り方全体を問題にしている、ということ。
その点では、もちろん小生にも異論はなく、ほぼ同じ立場だ。
が、アプローチが違う。
小生は、少しでも現代のメディアのあり方に疑問を持ち、機会さえあれば、問題提起しようとしている人々までを、その時点での行為でもって輪切りにして、糾弾すべきではない、と思っている。
それは、あなたの主張じたいが、正しくないから、ではない。
かえって、日本にとって必要な変革の機会が、遠のいてしまう、と考えているからである。
あなたは1978年にこだわっておられたが、わが国には、メディアと国民の間の相互作用における根本問題として、もっともっと露骨に根が深いものが他にもある。ゴーストップ事件や、帝人疑獄に見られるような、時の官僚たちによるリーク合戦やデマ合戦が、いわゆる平凡な事実より
「情報提供者が発言した、という事実を重視する」
姿勢でいるマスメディアを一層に活躍させ、結果、国民を躍らせ、深刻に日本を毀損し、道を誤まらせてきた悲惨は例えようもない。
顧客である読者とは国民であり、最終的に国民が破滅に向かうような報道のあり方を、小生は大いに問題視するものだ。
その視点において主張させていただけるなら、あなたの官僚たちに対する批判は、あまりに甘く、記者たちに対する批判は、一部において、必要以上に苛烈である。
もちろんご自身がジャーナリストである由や本の主旨を考慮に入れれば、理解できなくはない。同業者として、この体たらくはどうしたことか、と叫びたくなるのも無理ないものと小生も思う。
だが、政治家や、とくに官僚たちを放免するかのような部分は、ジャーナリズムとの比較対象のためとはいえ、不必要に甘すぎる。賢明な人々は、一部のジャーナリズムが、官僚によるリークを恒常的に手に入れるため、取引・癒着している実態を知っている。小生の知人である元官僚は、政治家やマスコミを動かす際の様子を、さも将棋のコマでも動かすように軽々と並べ立てたものだ。
要するに、ジャーナリズムは、いつでも官僚に踊らされるべきディレクションにインセンティブを持ちやすい職業である。そこで、あなたの官僚に対する甘い見方は、あなた自身が、様々な情報を手に入れるために、官僚と癒着しているのではないか、日本を芯から腐らせる官導主義を、リーク情報欲しさに加護しようとしているのではないか、などと、世間に思われかねないほどに片手落ちである、と、小生には、そのように思えるわけである。
それは、あなたの主張のためにこそ、残念なことである。
あなたは本文中、日本のマスコミの裏取りが丁寧であることを認めつつも、一方で、発言・証言そのものが確かになされたことを重視し、間違いや、記事の捏造については、ジャーナリズムが率直にそれを認め、検証・謝罪することで、報道への信頼性を担保しうる旨を語られた。
だが、思い出して欲しい。帝人疑獄は、後に官僚の捏造であったことが明らかになったが、疑われた政治勢力は声望を失い失脚、全体主義の思惑を封じ軌道修正することができないまま、その主張は忘れ去られ、結局は平沼が糸引く官僚の狙い通りに愚劣政権が誕生、わが国は破滅への道を歩んだ。
あとから検証しようが、ジャーナリズムが襟を正そうが、手遅れということはあるのだ。
そして、この愚劣な全体主義の流れは、今なお日本を腐らせ続けている。旧満州経済官僚が戦中のドサクサまぎれに作り出した戦時統制経済による中央集権は、すでに破綻していた反西園寺派の全体主義の流れにまんまと乗ったものだ。
昭和18年謹製の、先進国では他に例を見ないわが国の旧態依然とした中央集権・官導主義は、あらゆる日本的問題の中でもガン中のガンである。日本の問題の根本と言ってよい。
「官僚は善処しつつあり」、記者だけが唯一時代の要請に応じていないとの指摘は正しくない。
官僚と、彼らが巣食うその構造は、いまだに日本を腐らせ続けている。彼らが善処しつつある、というのなら、それが彼らの根本問題を解決するほどに善処しているのかどうか。そうでないなら、ジャーナリズムを問題にしたい主旨は重々承知ではあるものの、極端な物言いは、その対象の深刻さを同時に考え合わせてからにしていただきたいのである。
http://kinny.iza.ne.jp/blog/trackback/687143
2008/08/20 16:05
そっくりさん御大、
ギョーカイ内のおハナシかと思いきや、官僚批判なのですね。
官僚制度自体は、国家制度の背骨ですから、問題は官僚の質、ということにあいなるのでしょう。擬似科挙制にかわる新たな採用システムが必要なのでしょうか?フランスのような高級官僚養成大学が必要なのかもしれません。近代化いらい某国立大学法科がになってきた役割の見直しが、さてできるかどうかですが・・・無理かもしれませんね。
あるいは制度改革とおっしゃりたい?とするともっとムツカシイことになっちゃいますが・・・
2008/08/21 10:15
To 丸幸亭主人さん
>あるいは制度改革とおっしゃりたい?とするともっとムツカシイことになっちゃいますが・・・
じつは官僚の質の問題は枝葉であって、無策の結果にすぎない。
根本は、やはり現在の官僚制度自体の問題である。
帝人疑獄を起こした平沼は
「欧州の情勢は複雑怪奇」
などと幼児の愚痴のようなことを言って政権を放棄した。故司馬遼太郎などは
「前代未聞の無責任」
などと断ずるが、真相は、単に無責任に留まらない。現代日本の国家制度の底流をなす左翼全体主義志向は、彼の放棄した流れを、満州帰りの経済官僚が拾い上げ、戦時統制経済に利用する形でよいこらしょ、と、でっちあげたものなのである。
そして戦後、GHQに大量に紛れ込んでいたスミソニアン派の先祖たるマルクスシンパが、その全体主義に着目、官僚制度を丸ごと残留させたばかりか、内務省を解体して、その全体主義指向をさらに強化させた。
彼らはその後、更迭され、アメリカで裁かれたが、時すでに遅し...
現在の官僚制度は、日本を大失敗に導いた思考停止の全体主義と、戦中戦後エセリベのご都合主義的大合作なのであって、けして明治建国からの伝統的な流れではない。
世の保守は、この事実から、眼をそらしては、いけないのだ。
酒を愛せ、女を愛せ、の伝統に立ち返ることこそが、日本を真に再生させる。
ふー...しかし御老のコメントが、敏感に、小生の真の意を汲み取った内容だったので、おかげで、日ごろの鬱積を晴らせた思いだ。
心から感謝したい。
2008/08/21 14:44
同じタイミングで買いましたが、私は途中までしか読んでいません。
しかし名のある他の記者への辛辣さが「情報元」には生かされていないという感想を持っていたので、然りという気持ちがありますね。
目くそ鼻くそを笑うにならない様、今後の活動を注視したいものです。
2008/08/21 16:36
To そっくりさん御大、
>ふー...しかし御老のコメントが、敏感に、小生の真の意を汲み取った内容だったので、おかげで、日ごろの鬱積を晴らせた思いだ。
>心から感謝したい。
ふうむ、またもや「汲み取り専門家」と揶揄された気がしてかないません、とほほ
2008/08/22 10:12
To kazu-hayaさん
>同じタイミングで買いましたが、私は途中までしか読んでいません。
その点だけは小生は異常者なみなので..(笑)
>しかし名のある他の記者への辛辣さが「情報元」には生かされていないという感想を持っていたので、然りという気持ちがありますね。
歴史上の事件における事実認識より現在進行形のそれを優位におく、という主張は、ああ、賢者は歴史より学び..の格言における経験に学ぶ側の存在であることを疑わせる。
小生にとり、事実は単なる事実であって、何らかの固有の集合における情実に過ぎない。小生は、ジャーナリストではなく、ややナマケぐせのある求道者なのだ。
人は互いに歩み寄らなければ、議論はできない。
だから多くの場合、利便のために、取引をする。
事実認識をめぐる議論とは、要するに取引なのだ。小生はその愚劣に取引に興味がない。
物事を抽象化しうる教養と世界観を持ちえて、はじめて議論は成立する。
この世の一面をおぼろげながら掴みかけているこの方は、おそらく、ジャーナリズムを、取引のように解釈しているのだが、それはジャーナリズムの確かなる現実ではあるものの、あるべき姿だとは思っていない。
ジャーナルというのは、航海日誌や旅行記のような語感のものだ。
小生はマルコポーロをジャーナリストのさきがけと思っているが、彼はフビライに惚れ込み、権力に近づくあまり幕下となり、帝国高官となるにいたる。
ジャーナリズムの起源、本質とは、冒険を経てたどり着いた最高価値と感動体験の普及伝達であり、上杉さんの主張する
「権力と距離をおくべき」
といった批判の論拠は、小生には矮小なものに思える。
阿比留さんは、そうした意味における、本物のジャーナリストだ。
「事実がどうの」といった「取引」に終始するジャーナリズムは、確かに世の現実としてある。だが小生は、そうしたジャーナリズムに興味がない。その不毛を、上杉さんがお嫌いであるところの「歴史」から汲み取っているからである。
だが、小生は、上杉さんに期待はしている。
2008/08/22 10:18
To 丸幸亭主人さん
>ふうむ、またもや「汲み取り専門家」と揶揄された気がしてかないません、とほほ
ぎゃっははははは!
では、われわれコンビで
「汲み取りそっくりさん」
などとして売り出そうか?
主婦に訴求する台所洗剤のような語感が、シビレルよね!
2008/08/23 14:41
ちょっと割り込み失礼します。
上杉氏はフリーランスのジャーナリストとして印象に残る人でした。彼はニューヨークタイムズの記者時代に受けた指導(?)が強烈で、それをジャーナリストとしてのあり方の至高のものとして信奉している。それはそれで結構なことだが、彼も書いているようにあちらの記者は速報性よりも出来事の背景や社会的な意義に重点を置いて記事を書くことが仕事で、記事も個性的になる(客観報道など不可能)と書いている。
この本を読んで連想したのは、上杉氏が教えを受けた(?)クリストフ氏について高山正之氏や小林よしのり氏が指摘している彼の捏造と反日体質のことだ。上杉氏の指摘では反日体質は記者クラブ制の所為らしいが、そんな事が動機で反日記事を書く程度の人物だから捏造も平気なのだろう。
ジャーナリスト魂が聞いてあきれる。
そういえば、上杉氏の本ではクリストフNT日本支社長から大いなる薫陶を受けたことが判るが、真実の追究が重要とは言われたことはないようだ。
2008/08/24 02:27
To ぜろ坊主さん
コメントありがとう。お会いできてうれしい
>上杉氏はフリーランスのジャーナリストとして印象に残る人でした。
お会いしたことがあるとは、これは貴重な投稿をいただいた。
コメント、心から感謝するしだいだ
> この本を読んで連想したのは、上杉氏が教えを受けた(?)クリストフ氏について高山正之氏や小林よしのり氏が指摘している彼の捏造と反日体質のことだ。上杉氏の指摘では反日体質は記者クラブ制の所為らしいが、そんな事が動機で反日記事を書く程度の人物だから捏造も平気なのだろう。
> ジャーナリスト魂が聞いてあきれる。
彼の「ジャーナリスト」というのが、じつに狭義の解釈に基づくものであるように小生には思えてならない。
ジャーナリストとは、もっと対象に近づくものだ。権力との距離感を大事にしていて、マルコポーロは、あれほど東方の価値に克明たりえたであろうか?
>そういえば、上杉氏の本ではクリストフNT日本支社長から大いなる薫陶を受けたことが判るが、真実の追究が重要とは言われたことはないようだ。
なるほど、たしかに上杉さんは「事実」を尊重する方だとお見受けするが、事実の集積上にあるストーリーの記述にとどまり、その背面の真実には興味をお持ちでないように小生にも映る。
やはり政治に対する向き合い方の問題になりそうだね。
小生は、彼が官僚との距離をどうとっているのか、そこに興味がある。
どうも官僚に体よく踊らされているような気がしてならない。
なぜなら、おそらく「官邸崩壊」をもっとも歓迎したのが、有名なTをのそく財務官僚たちであったろうから。
Tは小泉さんの意を呈した強力な核だった。そのT的なるものの排除に、財務官僚はなりふり構ってはいられなかったにちがいない。
なぜなら、Tの立場があまりに正しかったからだ。国民の委託を受けた政治の流れを、ぶれさせずに、政策に反映させようとするのが官僚の務めなら、Tこそが官僚であり、T以外は、官僚というよりは、国賊・亡国の私的集団である。
それらに踊らされたなら...まさに残念なことであると言わざるをえないね
国民は知らないのだ。
官邸の動きが、ある種の、国民の信任を得ていないながら、国家の枢要に巣食う者どもの間で筒抜けになっている事実を。
2008/08/30 15:07
はじめまして、
日本のブログに基づいて、記事を書く人です。
今度、他のブログと一緒にKinnyさんのポストも引用したいと思いますが、いくつかの文章を翻訳してもよろしいでしょうか。
記事がアップロードされたら、URLを教えますが。。。
よろしくお願いいたします。
2008/08/30 15:52
To collianieneさん
コメントありがとう。それは光栄だが、小生はアメリカで何年か暮らしていたこともあり、多少だが英語はできる。
できれば、掲載前に、訳文を自身で確認したく思うのだが、それは可能だろうか?
というのは、以前、某イエローペーパーに、間違った内容で自身の論文を翻訳されて、非常に迷惑を蒙ったことがある。
よって、訳文の事前の確認が可能なら、非常にありがたい。
様式は、以下に貼り付けていただくか、collianieneさん名でブログを開設いただくか、のどちらかでよい。
2008/09/09 01:26
To collianieneさん
> Commented by collianiene さん
>
> Kinnyさん
> ポストの翻訳ができました。ブログに貼りたくないですから、
> メールで送信しようと思っています。
> 私のメールアドレスはxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx
> ですので、ご連絡ください。
> では、メールをお待ちしております
お知らせありがとう。面倒なことをお願いして申し訳なかった。
わからないことがあれば、メールにもどしていただければさいわいだ。
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